2011年1月3日月曜日

音楽のこと、、、2

音楽はどんなときに、どんな効果を及ぼしているのだろうか。宗教活動に音楽はつきものだ。お経はそれに当たる。お経の低い、抑揚の少ない音脈は気分を落ち着かせて、集団にリズムの一致を産む。同じく、教会における聖歌ゴスペルは集団レベルで気分の高揚を産む。アメリカの自由運動で多くの人が同じメロディを口ずさんで戦争反対を訴えた。ナチスはワーグナーをイメージソングとし、多くのヨーロッパ人はその曲を嫌い、ドイツ人はそれを好む。こうみると音楽は主に集団に用いられて効果を発し、全体の気分、雰囲気を制御する。コンサートに集まる人々の熱狂振りや行動の統率、えも言われる陶酔は行き過ぎ感があり、映画やドラマでのバックグラウンドミュージックは、緊張と緩和をコントロールする。

音楽は集団を制御する、というのが今のところの結論のようである。

「音楽の感動を科学する 福井一 奈良教育大教授」という本を読んだ。思い当たる節を脳裏に浮かべながら読んだ。音楽によってとテストステロン(性ホルモン)分泌の値が上下する。これはヒトの気分に関わるもので、イライラしたり、落ち着いたりという症状が現れる。音楽の及ぼす影響の化学的な裏付けがなされた気がする。

生き物は食と性の波に翻弄されている。多大なエネルギーをつぎ込んで気がつけば大変に疲れている。どちらも大変に重要な課題で、それから開放されるときにやっとやすらぎが訪れる。その情動と焦りから開放されたい時、音楽は確かに効いている。音楽は気分を動かし、ヒトは音楽を奏で、唄い、心躍らせる。

音楽、、、、それは言葉以前に獲得したものかもしれない。われわれは唄(言葉)と音楽を一緒に考えてしまう。セットされたものだ。しかし、言葉のないところにも音楽はあり、音が続けばそこに音楽が産まれる。音の羅列は自然界にあるが、その羅列を意図的に続けていくときに、音楽がそこにある。音楽を言葉と切り離したときに、音楽がもっと生き物として原始的な部分の機能だと気がつく。音楽は言葉の獲得以前にわれわれの本能部分を揺さぶるものだったのだ。だったら、ヒト以外に、ヒトの以前に音楽を見つけ、その感動に浸っていた動物がいるはずだ。彼らは今も、私たちヒトが感じているのと同じ音楽を聴いたときに同じような情感に襲われる、と言う事は充分にあり得ることだ。

言葉の理解を経ずに、気持ちを揺さぶる。音楽には国境はなく、種の壁もないのかも知れない。

0 件のコメント: