2009年8月29日土曜日

うるさい脳のわずらわしさったら、、

結局私たちは、脳が気まぐれに(そうじゃないとはおもうけど)次々と、繰り出してくる欲に応えて行かなくてはならない。脳の命令に従えば快、従わなければイライラなのだ。

テレビに映るステキな車。なぜかアレが欲しい、と脳がかってに決める。”格好いいじゃん、アレでなくっちゃ。色も良いし、センスも良い。何てったって性能がいちばん。エンジン出力も抜群で、アレをどうしても手に入れないと。” 脳は、様々な妄想と快感の期待を次々とイメージに送り込んでくる。アレが全て。あれがあれば恋人も手に入り、仕事もうまく行き、不満が全て消え、世界をバラ色に見せてくれる、誰がってあなたの脳がそうしてくれる。だからあの車を手に入れろ。

そのつぎに、アレが手に入らないイライラと、もし手に入れなければ”絶望”を与えると脅してくる。アレが手に入らないと、あなたは無能だ、甲斐性がない、目標も達成できないし、行動力もない。約束も守れなく、将来性もなく、生きている価値がない。恋人はできなくあなたは一生不幸なまますごすことだろう、と、あなたの脳はあなたに語り続ける。それは、車でなくスーツかも知れない。指輪、ブランドバック、それとも会社での地位、給与、栄光と冒険、開発と発見、次から次へと、欲とイライラを投げかけてくる。それは、次々と、限りなく、報酬もなく。

もし、あきらめたら。我慢して、達成できなくてもそれでよいと言ったら。たぶん絶望は訪れなくて、ストレスは消えるだろう。欲は達成するためにストレスを与えるのだ。欲がなければ、ストレスは消える。そうでなくてはならない、事が無くなるのだ。まずい物を食べていれば、おいしい物を食べられないストレスはなくなる。不格好で満足すれば、人の目を気にしなくても良くなる。誰の悪口も非難も、軽蔑も意味をなさなくなる。欲とストレスはワンセットなのだ。

”精神”という ”観察映画” を見た。「おまえなんかいなくても良い、消えてしまえ、死んでしまえ」という声が聞こえると患者は相談に来る。だったらそれは、自分のことではない、と思えばいいのだ。あんたの前でなくても生きて行かれるし、うっとうしがられてもそれも構わない。みっともなくて結構だし、いやがられも構わない。

自分が生きていければいいのだ。あなたが、あなたの脳のつぶやきを無視することができたら、平穏な日々が訪れるだろう。何のために脳は、どうでも良い欲望を、次々と無尽蔵に突きつけてくるのだろう。本当にどうでも良いこと。あふれるほどの衣服も、希少な高級料理も、デザインだけの造形も、新しい恋人も、無くても生きて行かれる。無ければストレスも、絶望もない。それが無くても暮らしている人はいくらでもいるのだ。何千年も前から、人は変わっていない。進化はそんな早くないのだ。生きていくために必要な物と、そうでないモノを見分けないといけない。そうしないと、あなたはあなたの脳に抹殺される。

 

欲望は絶望と天秤に載せられているのだ。

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