2008年9月19日金曜日

誰かをバカにしないではいられない、、、

ダニエルキイス

「アルジャーノンに花束を」は、名著である。最初に出した短編に比べ、あとで出した長編版は、筋はそのままにエピソードを深く彫り下げてある。

主人公チャーリーは知恵遅れで、何をするにも一人前にはできない。からかわれたり、バカにされたり、余計な仕事を押しつけられたり、失敗させられたりする。そのたび周りの人々(同僚)は沸き、騒ぎ、おもしろそうにするのだ。見かねた一部の人がそれをとがめるが、チャーリーはそれを自分の人気と思っている。愛されている実感をそこに感じている。

チャーリーは新薬の試験体に選ばれ、その作用によって知能が回復し、賢くなっていく。やがてみんなを追い越してしまう。すると、あんなに仲が良かった仲間がよそよそしくなった。チャーリー自身も自我に気づき、あれは人気や愛情での接し方ではなかったと気づく。そして自分の中に、自分より劣った者への軽蔑、階級分けが生じてくる。「なぜ彼らはこんな事も判らないのだろう!」。ますます賢くなるチャーリーは、回りの者をどんどん軽蔑し、愚弄するようになる。友達は減り、孤独を感じるようになる。

チャーリーはつぶやく。「知能が遅れていた頃は楽しかった。仲間も多くいたし孤独や惨めではなかった。誰かの態度に腹を立てたり、嫌いになることもなかった。」

チャーリーはやがて、知能を失い元のチャーリーにもどっていく。友達が戻ってきて彼に優しい声を掛ける。しかし、彼の孤独感だけは消えることがなかった。

2008年9月2日火曜日

生物がいない環境、を回避する

 これの前に、同じタイトルでブログを書いた。システムとは、いろいろな策を持って、様々な体験を取り込んで修復する仕組みを持つ。長い間存続するほどに、それは淘汰されて能力は高まっていく。

 外来種から既存種の生存権を守ろうとする運動がある。外来種のために生態系が変わってしまう、それを償おうとする動きがある。しかし、私的には、生態系はいつでもどこにもDNAがある、という目的に対して修復機能がはたらいていると思う。その環境に対して最も適した物が生き残る。そうでない物は駆逐される、という法則に乗って、外来種でも既存種でもどちらが残ってもいいんじゃないかと。だから、どこへ行っても同じ物がはびこる、と言うことにはならないのではないか。環境が変われば、最適者が変わる。変化した環境に応じた適格者が選択されて反映し、そこから次の順応体が現れる。柔軟で無駄のないシステムと思う。

 環境問題は大切だけど、”そこに生き物がいない”と言うことさえ避ければ、どんな生物がいようとかまわない、どんなものでも生き物がいればよい。”生き物がいない地域”を作ることは、避けなければならない。それはよほどのこと。

 疫病、バクテリア、病原体がどんな毒素を持っていても、それで生き物が絶えたことはない。それを回避する仕組みを生き物は持っている。だって、おなじDNA であり、同じ目的で生きているから。病気や毒素は、生態系をリセットしたり、調整する役目をしているのかも知れない。

 だから、ヒトも生態系に致命的なほどのダメージを与えられないだろう。そのまえに倒れるのは自分たちだから。環境や自然、他の生き物の心配をすることもないと言うことが、ここでの主旨かな。

福岡慎一郎 生物と無生物との間

 感想文かな?
 書籍 「福岡慎一郎 生物と無生物との間」 
ここには、生物の巧みな仕組み、数億年の進化の智慧が感じられる。この書物の結末を記してしまおう。それでも、この本はおもしろい。
 主人公は、消化液分泌機能を司る遺伝子を突き止めるために、その遺伝子の発現を抑制した実験用マウスを作ることになる。遺伝子は1匹の生き物を形作る全ての細胞に、同じ物が存在する。傷ついた物は修復されるか破棄される。体内の細胞はきちんと管理されている。全くおなじ遺伝子がその細胞の置かれた場所によって、発現したり、沈黙したりする。 試験体を作り、論文を書くためのデータを集めようとする時、1匹の生き物の全ての細胞からその機能を取り去らねばならない。また、それ以外の全ての機能について完璧に整っていなければならない。その遺伝子の削除によって、その機能のみが消えることを証明する、それが目的だ。
 そのためにはまず、その機能をもたない胚を作り、そこから1匹のマウスを成長させなければならない。そうやって全ての細胞にその遺伝子を持たないマウスが得られる。ちなみに、そうやってつくられた実験用マウスのことを、”ノックダウンマウス”という。

 結末である。”ノックダウンマス”は得られた、しかし、その遺伝子を持たないマウスは、何ら異常も見せず成長した。確かにその遺伝子は細胞内に見あたらない、発現していない。しかし、その個体は正常で、分泌にもなんら問題はない。
 感動の結末は以下である。つまり、生物の発生段階でその形質が有る、無いというスイッチ以外に、それをチェックし、迂回するシステムをもつということ。その代替機能、迂回方法を持ってているのだ。
 発生の始まったある段階で特定の遺伝子が働かないと、別の代替する機能が発現しそれを補足する。その障害が発現するのは、その遺伝子が有るけれど機能しない時、ある時期が過ぎてからその遺伝子が機能しなくなる、また、発生段階では正常でその後に損傷を受けると、障害が発現すると言うような仕組みらしい。 著者の行為は、この試験に当たってほぼ間違いないと突き止め確信した物を、確認するためだった。そして結末は、生き物のもつ巧みな仕組みだった。数億年に育まれた生物は、それほど安直なシステムではないのだ。
 そのことに、著者、そして読者は感嘆し、巷にあふれる命の中に神を見いだすのだ。