2008年5月20日火曜日

市場原理の崩壊

 市場原理はどうなってしまうのだろうか。
 ある人の思いは別の人に伝わり、また別の人に伝わる内に姿を変えるらしい。多くの人に信じられた世界観や方向性が、結局誰が何のために始めた物かを、説明できなくなってしまっている。

 お金はお金を貯めるだけのために行っている節がある。貯まったお金は、無くなるコトへの恐怖をどんどんと膨らませる。生きるためのさまざまな物を結ぶ、仮想媒体に過ぎなかったお金が、その元の品物の価値を勝手に変えていく。お金は、物と物とを交換する比率を示していたはずなのに、その物が消えてしまい、お金は仮想世界を勝手に膨らませていく。
 多量に収穫できる物は広く広まり、一般化する。希少な物は一部にとどまり小さなエリアで消化される。しかし、お金は、安いものをどんどん安くし、高い物に集まり益々値を上げる。それがヒトの生態なのだろうか。

 餓える人々でないと、飽食の人々を支えられない構造があって、その差額は芸能や、スポーツや、光るだけの物へ限りなく注ぎ込まれる。それは、とどまることが無くますますと差が開く。それ進歩と賞しますますと薦めていく。となると、それはまさに生態というべきだろう。

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