2008年5月20日火曜日

人智慧にすぎない、、、、

 これはもちろん、猿知恵 のことである。ヒトは特異な生き物ではない。ゴリラとオランウータンの差と、チンパンジーとヒトの差とはおなじくらいなのだろう。ヒトがヒトを評価して、進化の頂点というわけで、行動そのもは、蝉や、犬や、象や、ニホンザルと、何ら変わることがない。

 生態学やDNA分子生物学は、サルとヒトとの違い、ヒトとハエとの違いをたいした物とは見ていない。表に見える表現や行動こそ違え、その目的とする物、その優先順位、結果として得る物は同じ物なのだ。つまり、DNAを何処まで広げるか。DNAが生き延びる可能性を何処まで高められるかという命題に、ヒトもカエルも同じように目指している。
 自分に一番適した環境に変え、多くの子を産む。それだけのこと。最優先順位は子供を生むことで、ヒトも他の生き物もそれに一番エネルギーと時間を費やしている。生死を賭け、最大の快楽と、最大の苦悩とがそこに与えられている。
 大脳はさまざまな想像世界を作り、時間を過ごしていくが、”子供を産むことが最大の目的、”にたいし、疑問も持つことはない。例え誰かの大脳がそれに理論的な誤まちを見つけても、それに抵抗するいことはない。永遠に増えることがあり得なく、増加の先は破滅だと、私たちの脳は理解できる。循環とは、増えもしないし減りもしない。うまく調整制御することが循環、すなわち果てしなく長い存続の方法だと判るが、それをすることはあり得ない。生き物は、果てしなく子を増やし、環境を更新し、そして滅んでいく。当たらし環境に新しい種が迎えられる。それは、かつてのは虫類や、さまざまな種が出来なかったように、ヒトにもそれは出来ない。他の種と同じ行動が脈々と受け継がれている。

 我々は、我々をコントロールできない。生態系の何に対しても制御も影響も与えられない。なぜなら、我々はそこで踊る演者であって、演出家ではないからだ。

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